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みみ、はな、のどの病気についての解説

中耳のガス交換に関連して 専門的

 当院では、鼓膜をお見せして病状を説明するようにしています。その際、鼓膜が内側にへこんでいるところをご覧になった方もいらっしゃると思います。
 鼓膜は急性中耳炎以外ではめったに膨らまず、平坦か、へこんでいるのです。
 それでは、なぜ鼓膜はへこみやすいのか(なぜ中耳に陰圧が生じやすいのか)について院長の意見を述べます。以下は、専門的になりますので興味のある方はご覧ください。

 私は、その主な成因は中耳の粘膜を経由したガス交換ではないかと考えています。(中耳が浸出液で充満している場合の鼓膜陥凹は、経耳管的な繊毛運動により滲出液が排出されることが原因と思いますが、ここでは気体が中耳にある場合での中耳の陰圧を問題にしたいと思います。)

 中耳粘膜ガス交換とは、中耳腔と血液中のガスがそれぞれを構成するガス(窒素、酸素、二酸化炭素、水蒸気)の分圧勾配により間質組織を経由して高圧の側から低圧の側に移動することです。

 では、中耳腔とガス交換する相手の血液とは動脈血、静脈血のどちらでしょうか。血管壁の薄さや粘膜内の走行の多さなどから主に静脈であろうことは容易に想像できます。実際、中野(文献1)は中耳腔のガス組成をしらべた多くの文献から、静脈血のガス組成とかなり近似していると述べています。

 さて、生理学の成書(文献2)によりますと大気のガス分圧は、窒素600mmHg,酸素159mmHg、二酸化炭素0.3mmHg、水蒸気0mmHgで、合計約760mmHgです。
 一方、静脈血のガス分圧は、窒素577mmHg,酸素40mmHg、二酸化炭素46mmHgで、水蒸気47mmHgを加えると、合計710mmHgとなり大気圧よりだいぶ低くなります。
 この圧力差が鼓膜がへこみやすい原因だと思うのです。

 ではなぜ静脈血中のガス分圧の和が大気圧より低くなるのでしょうか。これは、主として体内で消費するO2のモル数より発生するCO2のモル数の方が少ないことによります。
 たとえば、グルコース(C6H12O6)が体内で消費される場合には、グルコースの中に元々入っている水素原子と酸素原子の割合が2:1なので代謝水ができるときにO2は消費されません。ですから消費するO2のモル数と発生するCO2のモル数が同じです。しかし、脂質や蛋白質ではその多くで水素原子の方が酸素原子の2倍より多い組成になっており、代謝水になるときO2が多めに消費されるのです。
 以上より、N2,O2,CO2,H2O などの静脈血のガス分圧の和は動脈血のガス分圧の和や大気圧より低くなるのです。

 経粘膜的なガスの移動速度はガスの種類によって異なり、Doyleら(文献3,4)は、サルの実験から二酸化炭素:酸素:窒素=698:37:1としています。そうすると短時間では主に二酸化炭素の移動により中耳圧は変動しますが、時間の経過により徐々に静脈のガス分圧和に近づくと考えられます。すなわち、陰圧に傾いていくと考えられます。同様の意見はSadeらの論文(文献5)にも詳しく書かれています。

 我々が扱うべき対象は、ガス交換によっておきた中耳の陰圧を経耳管経由で解除する力なのです。そのためには鼻腔、鼻咽腔の状態の改善だけではなく、鼓膜のインピーダンス、すなわち陥凹から戻ろうとする鼓膜の強さを問題にする必要があると考えます。すなわち鼓膜がヘタる前にチューブを入れることを考えるべきだと思うのです。

    (文献)

  • 中野雄一:中耳換気の基礎と臨床.耳鼻臨床90;1073~1081,1997
  • 山本敏行ら:新しい解剖生理学 改定第8版.223~224
  • Doyle WJ, Seroky JT: Middle ear gas exchange in rhesus monkeys. Ann Otol Rhinol Laryngol 1994; 103: 636-45.
  • Doyle WJ, Seroky JT, Apler CM.: Gas exchange across the middle ear   mucosa in monkeys: estimation of exchange rates. Arch Otolaryngol Head   Neck Surg 1995; 121 : 887-92
  • Jacob Sade, Amos Ar: Middle ear and auditory tube: middle ear clearance, gas exchange, and pressure regulation Otolaryngology-Head and Neck Surgery 1997 ;116: 499-524

[2017/10/19]